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僕とハドレー

文・小原 直史|旅行家


イギリスのカメラバッグメーカーでビリンガムという会社がある。

そこのハドレーというなんてことのないデザインの肩掛け鞄のカメラバッグを長年愛用している。

キャンバス地の本体に革のトリムがしてあり、

ギボシにひっかける革のストラップが2本ついているシンプルなものだ。

伝統的なハンティングバッグにカメラが入る鞄と説明するのがわかりやすいか。

おかげでカメラバッグに見えない。

ボロボロになるまで使った初代はロンドンの街角のカメラ用品店の店頭にで見つけたものだった。

現在愛用しているのは2代目だ。

当時はまだフィルムカメラを使用していてカラーフィルムを装填したF3とモノクロ用のFM2。

そして予備にオリンパスのミューII。

レンズは20mmと28mmと50mmと85mmをハドレーにうまいこと詰め込んで旅をしていた。

フロントポケットにはいつもカラーとモノクロのフィルムをそれぞれ5、6本入れて出かけていた。

20年ちかく前のことで旧ユーゴスラビアや旧東欧、パレスチナやトルコそしてシリアを旅した。

機材を詰め込むとそれなりに重くたすきがけにして持ち歩いていた。

ストラップを短めにすればお腹の上にうまいことおさまり長くして後ろに回せば腰の上に落ち着いた。

写真家でもなくジャーナリストでもなくただ旅をしながら写真を撮っていた。



フロントストラップを交換した2代目ハドレーと旅道具一式



それからしばらくすると時代はフィルムからデジタルに変った。

2011年、東日本大震災が起きた年にニコンのD7000を買った。

レンズは18-200mmと10-20mmの構成。

それでも予備にオリンパスのミューIIをフロントポケットにしのばせていた。

カメラバッグは相変わらずビリンガムのハドレーだった。

他のカメラバッグも試したものの旅にはハドレーの使い勝手がよかった。

何より10年以上使っているので身体に馴染んでいて中身がデジタルカメラになっても違和感はない。

旅に出るときはいつもハドレーだったのだ。

10年も使うと革は傷んできてほつれたりもした。ストラップも千切れたりした。

それでも愛着ゆえ捨てがたく自分なりに修理をして使い続けた。

もちろん買い替えも考えたがハドレーのオリジナルが廃盤になり代わりになるものがなかった。

自分の旅はいつもシンプルでカメラバッグを枕にして仮眠をとることもしばしばだ。

ハドレーは旅枕でもあったりする。

余計な突起があると眠りの妨げになるのだ。あのつるんとしたハドレーじゃないとだめなのだ。



ハドレーは旅枕|2018年 セルビアにて



震災のあとも変わりなくハドレーと旅にでた。

2011年の夏にはカイラス巡礼。

40歳の記念の旅だった。

ハドレーをたすきがけに担いでカイラスを一周した。

そのままカシュガルまで抜けて上海を経由して帰国した。

メキシコやキューバ。アメリカのアパラチアトレール。

インドシナのラオス・カンボジア・タイ・ベトナム・カンボジア・ミャンマー・マレーシアも。

南コーカサスのアゼルバイジャン・ジョージア・アルメニアのあとは、

ウクライナのチェルノブイリも訪れた。



2011年 チベットにて



とにかく旅にもって行くカメラ機材はハドレーでなければならず酷使した。

そして最後の旅になったのは2019年のお正月のサハリンだった。

それからコロナの時代になり海外にでるのが億劫になった。

それでも国内にひょいとでかけるときはハドレーをいまも担いでいる。



2019年 サハリンにて



いつのまにやら50歳を超えた。

一眼レフを持ち歩くのがしんどくなってきた。

いずれミラーレスのコンパクトで軽いシステムに移行せざるをいなくなる。

がやはり旅には身体に馴染んだハドレーを使うことになりそうだ。

本当はビリンガム社にハドレーオリジナルの復刻を願いたいがいろいろ事情があるのだろう。

願いはなかなかかなわない。

もう少しすればコロナも納まり再び旅に出られるようになろう。

いましばらく年季の入った思い出だらけのハドレーを使うことになりそうだ。



世界中を旅した2代目ハドレー。予備に入手したハドレープロの出番はもう少し先だ。



© 小原 直史 @ Instagram





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